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こんばんは!銀猿です。

パチスロ専業生活から、社会復帰を目指した時の体験談の続きです。(前回分はこちら)

「私のやり方が気に入らないのなら、無理にウチで働くことはない、今すぐ辞めり」

と言われた事をきっかけに、退職への気持ちは一気にMAXに。

これまで以上に、本気で転職先を探し始めました。

 

変化

 

パチスロ専業から引退を決めた時は、過去に経験のある仕事や、得意であるパチスロ関係の仕事を探していましたが、今回は気持ちに変化がありました。

それは、

「新しい経験ができる会社で勤めたい」

と、いうモノです。

パチンコ・パチスロ業界であっても、中古業者という今までに関わったことのない会社で初めての経験をいくつもさせて頂いたことが、当時の僕には新鮮で、楽しいモノでした。

今度の転職先はパチンコ業界に限定せず、興味のある会社があれば、積極的に応募しようと考えました。

 

 

とは言え

 

転職先探しのメインは、あいも変わらず求人誌。

退職の気持ちがガッツリ固まっているので、隅々まで目を通していきます。

とは言え、なかなか「ピンっ!」とくる会社は見つかりません。

考えみればそれも当然。

何がやりたいか明確に決まっておらず「興味があれば」なんて、あやふや状態なのですから。

職種なのか、給与なのか、福利厚生なのか、会社の規模なのか、会社の将来性なのか、自分の判断基準がある程度定まっていないと、選択することは出来ません。

 

 

似た匂い

 

 

そんな中、ある会社に目が止まりました。

その会社はやはりパチンコ店だったのですが、どうも気になりました。

見ていたのは求人誌ではなく、その会社のホームページ。

そこに書かれている求人募集のページに、何か感じるものがありました。

それは、僕がパチスロ専業者になる前に勤めていた会社と似たような匂いでした。

僕が専業者になる直前に勤めていたパチンコ店は、少し変わっていて、面白い会社でした。

 

・ラッキーナンバー制がメインの時代に、台移動自由、共有OKの営業形態にチャレンジ

・社員の、社外研修への積極的な参加

・アルバイトスタッフの時給を、社員の査定により決定

など、他店にはあまり見られないことに、取り組んでいました。

台移動自由・共有OKは今でこそ常識ですが、当時は斬新な試み。

残念ながら、他店と比べて格段に回らなくなったデメリットが目立ってしまい長続きしませんでしたが、今の状況を見れば、先取りし過ぎただけで、決して間違っていなかったと思います。

 

社外研修にも頻繁に参加させて下さる会社で、僕が行かせて貰った研修で印象深いのは「7つの習慣」でした、

会社経営者や役員、それに今で言う、意識高い系のバリバリビジネスパーソンが集まる中、当時20代半ばの、バンドマン上がりの元ガソリンスタンド店員が参加しました。

その浮きっぷりは本当に半端なかったです。

しかも場所は、誰もがその名を知る高級ホテル。

昼食はビュッフェスタイルで、参加者の多くが名刺交換と、情報交換を盛んに行う中、一人狂ったように肉を食い漁っていた事は、とても懐かし思い出です(苦笑)

どう考えても人選ミスだし、同じ行かせるにしても時期を間違っていると思うのですが、一人10万円以上する研修にガンガン送り込んでいましたから、社員の育成にかなり力を入れていた事は確かです。

 

アルバイトの査定についても、社員全員で評価し、一番上と下の評価をカット。(フィギュアや、ジャンプスキーの採点みたいな感じ)

出てきた点数で時給が変動するシステムは、やはり当時の(今でも?)パチンコ屋さんの中では、個性的で面白い取り組みだったと思います。

 

 

すぐに

 

ホームページに書かれていた内容は覚えていないのですが「人材育成に力を入れている」的なモノだったと思います。

いずれにせよ、僕は「ピンっ!」ときたこの会社に、早速連絡してみる事にしました。

 

社会復帰編42へ続く

 

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